槽壁伝熱量と掻取ミキサーの回転数

エマルション製品の密度ρや粘度ηが一定で変化しないと仮定して，単位体積あたりの槽壁伝熱量の式を使ってみましょう。

ここでは，10倍にスケールアップした事例を考えます。

そして，「スケールアップ理論を考えてみよう ー 冷却編【単位体積あたりの槽壁伝熱量一定時における撹拌作用の変化】」のページで紹介した「N₂ = N₁D₂/D₁」の関係式を用いて計算します。

試験機の掻取ミキサーの直径D₃ = 140 [mm]，中間機の掻取ミキサーの直径D₂₅ = 300 [mm]であるとします。

試験機における掻取ミキサーの最適回転数N₃ = 70 [r/min]であったとき，

中間機における掻取ミキサーの回転数N₂₅ = 70×300/140 = 150 [r/min]となります。

同様にして，生産機の掻取ミキサーの直径D₂₅₀ = 650 [mm]であるとき，

生産機における掻取ミキサーの回転数N₂₅₀ = 70×650/140 = 325 [r/min]となります。

このように計算してみると，乳化撹拌装置が大きくなると最適な掻取ミキサーの回転数は高くなることがわかります。

得られた結果から，効果的に熱を伝えるために掻取ミキサーの回転数を高くする必要があること，これまでの考察からも理解できるかと思います。

しかしながら，「スケールアップ理論を考えてみよう ー 乳化編【ホモミキサーのスケールアップ検討例①】」のページで得られた傾向と反対の結果です。

すると，困った問題が生じます。

1つ目は，回転数を高くすると冷却に不要なせん断力を付与することです。

冷却工程は言葉通り冷却することを主目的としているので，余計なせん断力を付与して製品の物性を変化させることは避けたいです。

2つ目は，非常に大きな容量のモータを必要とすることです。

大型の乳化撹拌装置で撹拌機の回転数が高いと，技術的にも難しい面が出てきます。

「スケールアップ理論を考えてみよう ー 乳化編【スケールアップによる製造規模の変更】」のページで紹介した問題と同じことが起こり得ます。

実際の乳化撹拌装置の仕様に照らし合わせると，単位体積あたりの槽壁伝熱量の式を使うことは難しそうです。

掻取ミキサーの回転数を算出する各種条件

このように考えてみると，単位体積あたりの槽壁伝熱量以外の式を使わざるを得ないことがわかります。

そこで，候補に挙がってくるのが，”ホモミキサーによるスケールアップ計算式”と”混合を制御するための計算（推算）式”です。

ここでは，これらの式の考え方を少し振り返ってみたいと思います。

そして，これらの式が意味する3つの条件について考えます。

📝[memo]　比較のために，冷却を制御するための計算（推算）式として”単位体積あたりの槽壁伝熱量の式”が再登場します。

条件① せん断力が等しい

「スケールアップ理論を考えてみよう ー 乳化編【周先端速度が等しくなるようにする】」のページで紹介していますが，”ホモミキサーによるスケールアップ計算式”が意味することを簡単に振り返ります。

乳化時に微細化作用が必要となることから，”せん断力＝周先端速度”とみなせるような考え方が登場しました。

一方で，冷却とせん断力は関係がなく，むしろ余計なせん断力を付与したくありません。

しかしながら，世の中に都合の良い式がないために無理矢理採用しようというのがここでの考え方です。

条件② 単位体積あたりの撹拌エネルギーが等しい

「スケールアップ理論を考えてみよう ー 乳化編【単位体積あたりの動力一定時における撹拌作用の変化】」のページで紹介していますが，”混合を制御するための計算（推算）式”が意味することを簡単に振り返ります。

「スケールアップ理論を考えてみよう ー 乳化編【乳化撹拌装置で使用する掻取・パドルミキサーのスケールアップ検討例】」のページで，当社の撹拌羽根の場合の計算事例を紹介しています。

世の中では低速撹拌機がメインであり，吐出作用を利用したものが数多く存在します。

これは，一般的な撹拌機のスケールアップで採用されている考え方なので，撹拌の吐出作用を利用する冷却工程で使用できそうです。

📝[memo]　冷却時の温度均一化を目的として，混合を制御することができそうです。

条件③ 単位体積あたりの槽壁伝熱量が等しい

これまで紹介してきた，冷却を制御するための計算（推算）式である”単位体積あたりの槽壁伝熱量の式”のことです。

冷却速度を考えるうえで，本当は使いたい式でした。

各種条件における掻取ミキサーの回転数

上述した各種条件でスケールアップ後の掻取ミキサーの回転数を求めると，下図のような結果が得られます。

条件①②では，乳化撹拌装置が大きくなると最適な掻取ミキサーの回転数は低くなっています。

そして，条件③では最適な掻取ミキサーの回転数が高くなっていることを再確認できました。

そこで，条件①②を採用することで，最適な掻取ミキサーの回転数が高くなる問題は一旦解決されたとしましょう。

しかしながら，条件①②で得られた結果は，冷却速度一定とならない回転数であると言えます。

得られた回転数で冷却工程で問題が生じないとは言い切れません。

したがって，試作によってこれを検証しなければなりません。

…ということは，得られた回転数は目安に過ぎません。

では，実際に運用するにあたってどのような方法が適しているかというと，スケールアップに対する考え方は異なるが条件①から目安となる回転数を求めるのが良いかと思います。

条件②に比べて，条件①は比較的計算が楽にできます。

📝[memo]　得られる回転数が目安に過ぎないのであれば，できるだけ簡易な方法を採用したいですよね。

次に，目安となる回転数の妥当性を実機にて検証する流れになります。

ここで言う”妥当性”とは，実際に製品が調製できるか否かの確認を意味します。

理論上，最適な掻取ミキサーの回転数ではないので，当然ながら冷却工程の”再現性”は担保できていません。

しかしながら，「スケールアップでエマルションを評価しよう【測定値とその評価】」のページで紹介したように，製品によってエマルションの品質が同等とみなせる範囲が存在します。

そこで，この範囲内となる回転数を見つけることができれば適切な冷却工程と言えるようになります。